2020年6月14日日曜日

近道をしない

 今週から、県内中学生も、ようやく公的グラウンドの使用が解禁になった。

 冬季閉鎖に続いてのコロナ自粛だったので、6か月以上外での練習を我慢していたことになる。私たちにとっても初めての経験で、選手たちにとっては、長いトンネルだったと思う。

 コロナウィルスに関する予測を、現状で自信をもって語れる人は誰もいない。その点、2年前の大雪での練習中止より気持ちの面でつらかったと思う。しかし、前の投稿でも書いたが、人間は感染症の危機をこれまで何度も乗り越えてきた。私は、今の状態がそのまま新しい生活として定着するのではなく、多くの面でこれまでの生活を取り戻すことができると思うし、また、そうしなければならないと思っている。ただし、そのためには、以前のMARSやSARS禍よりも、私たちに持久力が求められるかもしれない。


 漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の作者荒木飛呂彦氏が、先日還暦を迎えたことにちなんで、ネット上でもいくつか記事を見たが、作家の石戸諭氏が、漫画の中の「真実に向かおうとする意思」というセリフをとりあげ、コロナ禍の今こそ響く内容と書いており、非常にうなづけるものがあった。

 このセリフが登場するのは、第5部の主人公の仲間であるアバッキオが敵に不意打ちで殺され、天国へ向かう前に見る夢の場面。アバッキオは、幼少から憧れていた警察官になったものの現実に絶望し、ギャングの一味に身を落としながら、再度正義のために戦おうと決意したばかりだった。その夢の中に、かつて自分の不祥事のせいで殉職した同僚が現れて「真実に向かおうとする意思」について語る。

 見返りがあるかどうかもわからない仕事に関するアバッキオの問いに、同僚は、「わたしは『結果』だけを求めてはいない。『結果』だけを求めていると、人は近道をしたがるものだ…近道した時真実を見失うかもしれない」「大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている」と確信を持って答える。

 コロナ禍の中に置かれている私たちは、見えない敵や、先の見えない不安に自分を見失い、安易な『結果』を求めようとしがちではないだろうか。弱い立場の人を匿名で攻撃する、感染の拡大をすべてWHOのせいにする、あるいは、自分だけはいいだろう、他の人もやっているだろう、とルールを軽視する。

 しかし、その先にあるのは「真実」ではない。「真実」が見えない時に、手近なものを「真実」の代用にするのではなく、粘り強く自分を諫め、いずれ見つかる「真実」に向かって歩き続けることの大切さとなかなかそうできない悲しさをこの漫画は表現している。


 この6か月余、特にコロナ禍で練習を自粛してきた2か月余は、選手たちにとって、つらい回り道だったに違いない。これから、実戦カンを取り戻すのも容易ではないだろう。
 けれども、毎日のように監督から配信される自宅トレーニングメニューに愚直に取り組んできた3年生の目は、再び集まったとき、決して時間を無駄にしてきた者の目では無かった。まさに「今やらなければならないことを全力で」やってきた成長をうかがわせる表情だった。

 長い野球人生を考えれば、この6か月間は、決して失われた6か月ではなく、どの時期よりも濃密な時期であり、結局それがほんとうの近道だったということに気づく日が、必ず来るだろう。

 試行錯誤は続くだろうが、保護者の方も、今子ども達は将来に向けて大きな貯金をしていることを信じて、焦らず、暖かく見守っていただきたい。そうすれば、夢に「いつかはたどり着くだろう」「向かっているわけだからな」