2020年5月27日水曜日

感謝の身持ちを力に変えて

「今やらなければならないことを全力で」

 われらが名誉顧問宮本和知さんからいただいた言葉を、ずっとチームのスローガンにしてきた。もう一つ、宮本さんが繰り返し子どもたちに語ってくださる言葉で、忘れられないものがある。

 「ありがとう」の反対の言葉は何か、と宮本さんは子ども達に聞く。皆さんは何を思い浮かべるだろうか。答えは、「ごめんなさい」じゃなくて、「当たり前」。

 自分が希望さえすれば野球を続けられる、これは「当たり前」じゃない。でも、私たちは些細なことにばかり気を取られて、すぐに忘れてしまう。今、コロナ禍で野球はおろか、学校へも行けない長い期間、野球ができるのは当たり前じゃない、と子ども達もつくづく思い知らされたのではないだろうか。

 つらい時、自分のことだけを考えていると行き詰るが、小さなことでも、誰かのために何かしたいと思えば、意外に人は強くなれるものだ。

 TVのニュースで医療に従事される方や運輸に従事される方への偏見や差別について取り上げていた。

 「偏見」という言い方に私は違和感を感じる。「偏見」というと、悪気はないが、知識が不足し、本当の姿が見えなかったせいであって、「偏見」を持った個人には責任がないかのような言い方だ。緊急事態の下、医療や運輸に従事される方の献身的な努力がなければ社会が成り立たないことは、子どもでもわかる。
 たとえ「偏見」を持たれても、医療や運輸に従事する方は、その職場を守り続けなければならないことが分かっていて、自分の不安や不満のはけ口に、逃げ場のない人を攻撃する。これは、人間としていちばん恥ずかしいことだと思う。

 病気になったら医者に診てもらえる、携帯で注文すれば必要なものを自宅まで運んでくれる、これは全然「当たり前」じゃない。
 素直な気持ちで考えていけば、「当たり前」で済むことなんかひとつもない。
 今もきっと、野球どころではない人たちが、野球を再開できる人よりも大勢いる。

 その中で大好きな野球を始められる僕たちは、何は無くても「ありがとう」の思いを忘れないようにしたい。
 そして、まだ困難はあるだろうが、一人の脱落者も出さず、選手全員に中学野球を完走させたい。

 活動再開まで、あと3日である。


2020年5月24日日曜日

リトルシニア活動再開を前に

 今日は快晴で風も穏やかだったので、越前海岸をドライブした。道路から見る海は青空を映してきらめき、山々の緑もむせるように濃く、コロナ禍の影響を感じさせるものは何もないように見えた。

 リトルシニア東海連盟も、5月30日以降、条件付きではあるが練習の再開を決定した。子ども達にとっては、2か月遅れの球春が訪れたようなものだ。甲子園大会は中止が決まったが、中学生硬式野球の各リーグは、夏の大会条件付開催可否の結論をまだ出していない。

 野球経験のない私にとって、甲子園中止という衝撃を、「自分として」どう理解したらいいのか、今も考えている。

 先日の投稿で触れたように、私は大学時代合唱団活動に没頭していた。主力の3年生時代、私たちは、当時自主労組連帯が中心になって民主化を始めたポーランドに注目した。地政学上の理由から、何度も戦争に巻き込まれ、第二次大戦ではナチスに最も多く殺され、さらに民主化闘争に命を懸けるポーランド人の歴史を学んだ私たちは、その不屈の精神に胸を打たれた。そして、たたかいの中で歌い継がれてきた歌をとりあげ、定期演奏会で演奏した。取り上げた曲の半数以上が日本初公開の歌で、技術的なことよりも、その内容を理解すること、その歌を歌う資格のある人間に一歩でも近づくことのために、青臭い情熱を傾けた。冬場暖房のない練習場で寒さに凍えながらの練習、曲の解釈や演出をめぐって徹夜の話し合いもざらであった。

 幸い演奏会は成功し、大きな反響を呼んだが、仮に、この演奏会が、直前に感染症が拡大したことを理由に中止されたら、と考えた。音楽は人に聞かせてナンボである。30年以上前、今のようにバーチャルな手段など想像の中にもない。残るのは、会場やパンフレットなどの債務だけ。音楽に自分の生き方を重ね合わせ葛藤してきた思いの行き先は、容易に見つからなかっただろう。

 結果として、全国大会の舞台に立てるかどうかは大きな問題ではないと思う。小さいころから目標にしてきたものが、自分ではどうしようもない理由で失われる無念さを、若者に理屈で納得しろというのは、思いやりがなさすぎる。

 野球をやっている若者には野球が何より特別なはずだ。陸上をやっている若者には陸上が特別だし、ブラスバンドをやっている若者には音楽が特別だ。
 平田オリザさんが言っていたように、誰にとっても生命が一番大切だが、その次に大事なものは違うし、それは他人に説明できる性質のものではない。
 現実にできないという判断をするのがやむを得ないということと、それを気持ちで受け入れよと自分の痛み無しに強制していいかどうかは、まったく別の問題だ。

 これから、スポーツ活動、文化活動がどう戻っていくのか、まだだれにも分からない。ウィルス感染防止という観点からは、すべてを一律に再開、あるいは制限解除できない場合もあると思う。
 その際に、部外者が足を引っ張りあうのではなく、先にできるところは認め、遅れざるを得ないところを思いやり、経験を伝えていく、そういう思いやりのある世の中になってほしい。そのためには、大人が手本を示さなければならない。


2020年5月23日土曜日

頑張ることは、繋がるんや

 NHKの連続テレビ小説「エール」をずっと見ている。

 5000曲以上を作曲した作曲家古関裕而とその妻金子をモデルにした物語で、窪田正孝と二階堂ふみの初々しい演技から元気をもらってる。

 今週は、自分の実力を示そうと躍起になるあまり袋小路に入り込んでしまった裕一(裕而)が、早稲田大学野球部の新しい応援歌「紺碧の空」の作曲に取り組むことで、新しい道を見つけるところだった。

 宿敵慶応に勝てない早稲田の応援団は、新しい応援歌を裕一に依頼するが、クラシック志向の裕一はやる気にならない。裕一の心を動かしたのは、かつて自分のせいで怪我を負わせた親友のためにも何としても早稲田を勝たせてほしいと語る団長の言葉。裕一は一晩で「紺碧の空」を作曲し、その秋早稲田は慶応を破り、この歌は今も早稲田の第一応援歌として歌い継がれている。

 団長は「頑張ることは、繋がるんや」と話す。野球で頑張っている人は、周囲の人にも頑張ろうという気持ちを呼び起こす。またその人が別の人を励ます。そうやって、「頑張ることは、繋がるんや」と。

 私は運動は全く駄目だが、大学時代合唱に熱中した。男だけの男声合唱で、「生活に結び付いた歌を、社会に明るい歌声を」をスローガンとして、人々に勇気を与える歌をできるだけ高い技量で追及する硬派の合唱団だった。残念ながらだいぶ前に廃部して今はない。音楽は素人だったが、音楽の技術的なことより、人の心を動かし、ひいては社会も変えてしまうような力が音楽にあることを学んだ。(近年では、南アフリカの黒人解放にポール・サイモンやスティービー・ワンダーの音楽が影響を与えたと言われている)

 野球でも、音楽でも、独りよがりでは意味がない。不器用でも頑張っている姿は、同じように苦しんでいる人を励ますことができる。

 もうすぐ野球の練習は再開できるだろう。焦る気持ちも当然あるだろうが、ひたむきに努力することが誰かを励ましていることも忘れないでほしい。そして、周囲から応援される選手になってほしい。 

 誰でも声をそろえて歌いやすく、気持ちが込められるという古関裕而の歌の特徴は、「紺碧の空」に既に明確になっていた。彼はその後、「栄冠は君に輝く」「六甲おろし」など、野球好きなら誰もが知っている名曲を次々に生み出していく。

 たまたま、昨晩はNHKBSで、2005年のセリーグで阪神が優勝した試合を見た。「六甲おろし」は何度聞いてもいい曲である。

2020年5月20日水曜日

花を咲かせる土に…

 日本高校野球連盟など、全国高校野球選手権大会運営委員会及び理事会は、夏の甲子園大会の中止を正式に決定した。

 選手や関係者の安全確保を優先するのは当然だが、爆発的感染が減速し、学校や経済活動が少しずつ戻ってきていることを考えると、最終判断はもう少し後でも良かったのではないか、という気持ちは正直ある。加えて、プロ野球選手会が経済的支援を申し出る中で、地方大会まで中止になったのは残念としか言いようがない。

 全国大会が中止でも、今後の状況を見ながら、地方大会はあきらめず、3年生の最後の活躍の場を作ってほしかった。ただ、地方大会は都道府県判断で独自開催する道は残っているらしい。開催のため協力できることはしていきたい。

 今年の高校3年生は、私たちチームの5期生にあたる。

 5期生は、福井嶺北創立初めて1学年で10人以上が集まり、参加できる大会も一気に増えた。個性豊かで、野球に対してひたむきな子ども達ばかりだった。何より練習好きで、時間があればバットを振っている連中だった。それまで以上に、何とか勝たせてやりたい、と思わずにはいられなかったが、中学生時代は私達の力不足で結果を出してやれなかった。

 それでも、彼らの姿勢は、後輩に受け継がれ、その後の福井嶺北の文化となった。6期生、7期生は、一緒に練習し戦った先輩を誇りに思っているに違いない。

 卒団後も何かと交流があり、高校野球の世界に笑顔で旅立った彼らが、相変わらず野球が好きで、日々猛練習に取り組んでいることを聞いていた。今年は甲子園という言葉を聞くたび、彼ら一人一人の顔を思い浮かべたものだ。

 「花よりも花を咲かせる土になれ」

 松井秀喜を育てた星稜高校の名将山下監督の有名な言葉を今味わっている。山下監督は、1年生には礼儀を、2年生に努力の大切さを、そして3年生には周りへの感謝を教えてきたという。松井が5打席連続敬遠されても、冷静にチームプレーに専念したのは、勝負の結果より人間性を大事にする指導があってのことだ。

 花は咲いても、その美しさは、はかない。しかし、土の生命力は、永遠である。

 彼らが無念を乗り越えて、野球や人生でこれからどんな花を咲かせるか、楽しみに待っているし、待っている資格のある人間でありたいと思う。


2020年5月18日月曜日

緊急事態がすこしずつ解除されて

 コロナウィルスの感染はおさまってきたかのように見える。ただ、これはだいぶ無理をして接触機会を抑えてきた結果で、社会的免疫ができたわけではないから、感染の第2波があるかもしれないし、ないかもしれない。しかし、リスクがゼロになるまでステイホームしていたら社会は崩壊してしまう。過去にMARSやSARSが発生し、今後もウィルスの変異は起きるだろうから、私たちはウィルスとうまく共存する暮らし方を考えなくてはいけない。

 その切り札が電子的なネットワークの活用だと言われているが、それはあまりに表面的すぎると思う。

 もともと地球上に多種多様なウィルスが存在しているが、それぞれの地域で平和に生物と共存してきた。森林の乱開発によって、それが変異しながら人間社会に拡散してきたのが、エボラはじめ危険なウィルス流行の根本原因だ。それに加えてグローバリズム万能の考えの下、世界的分業で農作物、労働力含めて各国の自給率が落ちたのも問題だ。また、世界で1%に満たない人が半分以上の利益を独占し、貧富の差は拡大する一方で、医療を受けたくても受けられない人がいる。医療関係者の懸命な努力にもかかわらず、この10年間、臨床ベッド数は減らされ続けた。テレワークで仕事ができるのは一部の職業だけだ。現場を離れられない多くの人はIT化の置き去りにされている。

 老人や、私のように持病を持った人、あるいは不注意な人が犠牲になるのではない。持たざる者が死ぬ、という現実を直視し、ひとりひとり知恵と持てる力を分け合って、解決していくしかない、と思う。手に余るものはいらない。そのかわり、皆が少しずつ持てる社会であればいい。ステイホームで家族と過ごした時間を、家族と、身近な人と、そして少しずつ広い範囲の人のことを慈しむきっかけにしたい。

 松井秀喜は、ベストセラー「不動心」で「コントロールできることとできないことを分ける」ことを語っていた。今我慢しなければならないことは、不平不満を言ったり、誰かを攻撃したいりしてもしょうがない。でもひとりひとりができることはあるはずだ。小さなことでもいい。一人で練習するメニューも随分覚えただろう。改めて野球が好きだと思えたら、それ自体が宝物ではないか。

2020年5月16日土曜日

遥かなる甲子園

 夏の甲子園中止へ、という見出しがTVニュースや新聞のトップに掲げられた。5月20日まで正式決定ではないが、懸念していたとはいえ、球児たちがもっとも見たくなかった結果になりつつある。

 甲子園の出場を争うチームの選手たちのほとんどは、小学生から野球をやることが生きることと同義だった子ども達だ。野球に打ち込める物理的量は、高校によって違うが、気持ちは強豪校だろうと、一般公立校だろうと何ら差があるものではない。
 息子が縁あって高校球児となり、今時嘘みたいな良い仲間に恵まれ、親子一緒に成長できた。3年の春の県大会で決勝進出に王手をかけるまでになり、夏の甲子園を真剣に目指す中でもドラマがあった。しかし、現実は夏の県大会1回戦敗退。高校は夏負けた瞬間に終わる、という残酷さを体験した。
 それでも、全力を尽くして戦って負けたのだから、涙を流した後は前を向ける。
 たたかって負けることさえできなかった選手たちの気持ちを、野球に関わっていない方も、どうか思いやってほしい。

 高野連はこれ以上ない辛い決断だろう。高校総体が早々と中止になり、プロ野球の開幕もなかなか決定できない中、結果としては、同じだったかもしれない。
 ただ、コロナ禍で、新たな偏見や差別が生まれる雰囲気の中で中止を迎えることが残念でならない。野球の枝葉末節を取り上げて、野球を批判する人もいる。特別扱いするな、と知った風に言う人もいる。しかし、戦後1年たたずに開催された全国高校野球大会が日本人に希望を与えたように、球児のプレーが再び希望をもたらしたかもしれない。

 野球が変わらければならないとすれば、高校球児に、高校以降も野球を続ける道をもっと多種多様に用意することではないか。
 大学野球に参加できる若者は限られる。社会人の野球も昔ほど盛んではない。野球はチームスポーツなので、個人で続けたいと思っても、チーム作りを呼びかける人と経済面施設面のバックアップが不可欠だ。部活の指導者が不足し、教員への負担を増やしているのだから、外部指導者の道をつけてあげることも有効だろう。

 甲子園大会が中止になったのは、誰のせいでもない。大会が無くなっても甲子園を目指して仲間たちと流した汗や涙は絶対に無駄にならない。

 野球だけではなく、高校の部活に青春を掛けてきた多くの若者が宙ぶらりんな気持ちに苦しんでいる。残酷だが、それでも彼らは生きている。今はまず生きていることに感謝しよう。生きていることは、決して当たり前ではないのだから。

(補足)TVや新聞(ネットニュースも含めて)は、現場を知らない「専門家」や専門性の全くない「コメンテーター」の意見ばかり流さないで、ウィルスと細菌の違いの説明をもっとしてほしい。それだけでも、何を恐れる必要があり、何を恐れなくてもいいのかわかるし、一人一人が工夫を思いつけると思う。


2020年5月15日金曜日

幻の完全試合

 完全試合を達成した投手は、100年の歴史を誇るメジャーリーグでも、これまで23人しかいない。それだけ難しいということだが、この数に含まれていない、「幻の完全試合」があった。

 2010年6月2日、デトロイト・タイガースの先発投手ガララーガは、インディアンズに対し、9回2死まで一人の走者も出さず、27人目ドナルドも平凡な一ゴロ。ファンのすべてが大記録達成の瞬間と思ったが、一塁塁審のジョイスはセーフのコール。ビデオのリプレイでは、ベースカバーに入ったガララーガがベースを踏む方が明らかに早かったが、当時は今のようなアピールが認められていなかった。結局、インディアンズの28人目の打者は三ゴロに倒れ、記録上1安打完封でゲームセットとなった。

 試合後ビデオリプレイを見たジョイスは誤審をすぐ認め、ガララーガに涙で謝罪。ガララーガもこれを潔く受け入れ、握手を交わす場面に多くのファンが胸を打たれた。ガララーガは、完全試合「達成」者の中では、メジャー通算で30勝に届かなかった投手だ。大記録を逃した悔しさも一層だったはずである。ジョイスの働きかけもあり、メジャーリーグ機構は、この試合の記録を訂正する検討もしているらしいが、たとえ、「記録」が訂正されなくても、ガララーガとジョイスの「フェアプレー」は、これからも野球ファンの「記憶」に残っていくだろう。

 シニアリーグの試合規定にも明記されているから、改めて言うまでもないが、中学野球では、たとえ誤審であっても、抗議はあるべきではないと思っている。子どもたちのために慣れない保護者審判が汗を流してくれているときはなおさらだ。
 まだ確実性のない野球人生の入り口の選手にとって、その一球の判定が覆るのと、それによって失うものとを天秤にかければ、当然抗議はノーだ。

 どんなに精進し、全力を傾けても、哀しいかな人間の行うことに間違いはつき物である。だが、一方で人間だからそれを許すことができる。間違いを乗り越えて成長することができる。

 本人でないから言えるのかもしれないが、記録に残る結果より、大きなものを得ることができるのも人間だ。記録の良しあしがすべてだったら、プロ野球なんて翌日新聞でスコアさえ見れば事足りるが、そうではないから、テレビやラジオの前で一喜一憂するのだろう。

 ビデオ判定対象の拡大により、監督がアピールするタイミングも、試合の流れを左右する重要な要素になった。マイナーリーグでは、ストライク/ボールの判定を一部ロボット審判に置き換える準備も進んでいるが、野球の本質が変わってしまうのではないかと危惧するのは私だけではあるまい。
 最新のエレクトロニクスとソフトウェアで作られていても、しょせん人間の作るものにはバグがある。万分の一かもしれないが、ロボット審判が誤審をしたとき、それを収拾するのは誰なのか。
 選手にとってはかけがえのない試合だからこそ、誤審の可能性があっても、人間に任せたいのではないのか。野球は人間のスポーツなのだから。

(補足)捕手のフレーミングを、ミットを動かしてボール球をストライクに見せる姑息な手段だと思っている人は案外多いが、それは間違い。そんなことをしても、球審の心証を害するだけで、何もいいことはない。捕球動作の乱れ(強い球でミットが自然に流れてしまう等)によりストライクぎりぎりの球がボールと判定されないよう、正確に補球する技術がフレーミングだ。念のため。

虹の病院で歌う「明日に架ける橋」

 また野球と直接関係なくて恐縮だが、元気が出たニュースをひとつ紹介したい。

 イギリス、ウェールズの仮設病院で、医療職員が英語とウェールズ語で「明日に架ける橋」を歌った映像が世界中で、医療従事者や患者を励ましている。



 この病院は、もともとコンサートホールだったが、コロナウィルス感染者の増大に伴い急遽病院に作り替えられ、「虹の病院」と呼ばれている。もともと音楽を演奏する場所ということもあり、まっすぐ正面を向いて歌う医療従事者の素晴らしいハーモニーをより一層際立たせている。この曲を50年前に作ったポール・サイモンも、彼らの勇敢な行為を称え、自身のツイッターで紹介した。

 サイモンとガーファンクルの最後の共同アルバムのタイトル曲として1969年に発表された「明日に架ける橋」は、ゴスペルをベースにした厚みのあるメロディーと、人間本来の温かさを溢れさせた歌詞で、以後10年間にわたって世界中のヒットチャートを席巻しただけにとどまらず、アメリカで、あるいは南アフリカで、傷つきながらも励ましあって前を向く人たちを勇気づけ続けてきた。

 私も小学校6年生の時この歌に出会って以来、何千回聴いたか分からない。ポールのコンサートも3回聴いたし、彼の音楽は私の血肉となっている。

 まずは、虹の病院のスタッフたちの声を聴いていただきたいが、彼らのメッセージを伝える手助けになれば、との一心で、拙訳(一部かなり意訳した)を紹介する。

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 Bridge Over Troubled Water

君がへこたれて惨めな気持ちで
涙があふれてきたときは
僕がぬぐってあげよう
君の味方だもの
ツキに見放され
頼る友達もいないときも
逆巻く波を乗り越える橋のように
僕は身を投げ出そう

誰も認めてくれず
街角に放り出され
夕焼けを見て胸が締め付けられるときは
僕が君の思いを聞いてあげる
君の夢に手を貸そう
夜の幕が降りて
何をしても辛くてたまらないときは
逆巻く波を乗り越える橋のように
僕は身を投げ出そう

輝きに包まれて
船出する時が来た
君はもうひとりじゃない
すべての夢が動き出している
ごらん、それがどんなに輝いているか
それでも君が心細いなら
僕がすぐ後ろをついていってあげる
逆巻く波を乗り越える橋のように
君の不安をとりのぞいてあげよう

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 コロナで顔を合わせることができなくても、僕らは決してひとりじゃない。

2020年5月13日水曜日

マスクの話

 福井県では、マスクの供給が通常に戻ってきた気がする。思ったより早い回復だった。画期的な配布方法をいち早く実施した県や、様々な方の努力があったからこそだと思う。ありがたいことだ。

 私は、連休前から、妻が作ってくれたガーゼ製のマスクを使っている。
 昔はガーゼのマスクを洗って使うのが当たり前だった。体の弱かった私は年中マスクをしていた気もする。昔のマスクは、ゴムがきつくて耳が痛くなり、腰がなくて口に貼り付き、息はしにくいは、すぐ臭くなるは、で好きになれなかった。
 ただ、今風の作り方でちゃんと作ったガーゼのマスクは、装着感もよく、不織布や紙のマスクより息もしやすくて快適だ。
 何より、洗って繰り返し使えるのがいい。

 使い捨てのマスクは、使う人にとっては清潔かもしれないが、大量の廃棄マスクを処理しなければならない、ごみ処理の方々にとっては、厄介どころか危険なものだ。ガーゼマスクはうまく作れば結構何度も使えるし、自分の家で洗うのだから、危険も何もない。マスクに限らず、私たちの快適や清潔は、それと引き換えに誰かを犠牲にして成り立っているものがまだまだあるのではないか。コロナの自粛期間をそうしたことを見直す機会にするなら、せめてもの幸いだろう。

 いろんな方のご厚意で入手した使い捨てのマスクは、政府や自治体の支援も届かない方々へ寄付したいと思う。

 野球とは関係ないが、ちょっと思ったことを書いた。


2020年5月11日月曜日

ゴールデンウィークが明けて

 嶺北シニアのホームページアクセス数が40万を超えた!
 一般的には大した数ではないが、野球チームのサイトではちょっと自慢かも。
 連絡や記録だけでなく、野球少年や保護者が元気になれるページを目指して、これからも頑張ります。

 世間では今日からゴールデンウィークが明けたことになっている。今年は家にこもっていたので、体力が充電されるかと思ったら、意外にだるい。やはり、人間少しは動かないと調子が出ないようだ。
 昨年のゴールデンウィークは、今から思えば殺人的なスケジュール。GW開始から、5月18日の選手権東海大会前まで、1か月弱で3大会と練習試合で29試合をこなした。
 でも、選手たちは春季大会の大敗の雪辱を期して燃えており、1年生と2年生はそれぞれの大会で優勝。3年生も兵庫の強豪と練習試合でいいプレーをした。残念ながら選手権大会にその成果は活かせなかったけれど、3年生は夏の舞鶴大会、そして永平寺大会で蓄積を爆発させ、その勢いが後輩にも伝わり、新人戦初優勝をかちとることができた。

 GW最後の日、今年は入団式を行う機会もまだないため、1年生に、室内練習場でユニホームだけを渡した。1人ずつまるでドライブスルーみたいな感じで、申し訳なかったが、来た子供は元気そうで、トレーニングもしてます、と言っていて嬉しかった。

 まだ油断はできないが、福井は新規感染者が0になってもうすぐ2週間。ちょっとだけ希望が見えてきた気もする。ダメ押しで、ひっそりした練習場にアマビエ様の絵も貼ってきた。

 コロナの後は世の中ががらりと変わる、あるいは変わらないといけないという人がいるが、私はそうは思わない。コロナくらいで、手放してはいけないもの、変えてはいけないものがある。
 昨年、汗をキラキラさせていたあの夏を思い出して、もうひと頑張りしよう。



 

2020年5月9日土曜日

野球は、「文化」なのだ

 野球を「文化」にしたい。選手の安全について球団に訴えたり、いじめ撲滅キャンペーンや、積極的にチャリティ活動に取り組むとき、あるいはファンや記者に丁寧に接するとき、松井秀喜には常にこの思いがあった。(松井はこうした活動で、国内ではゴールデンスピリット賞、米国ではナイスガイ賞を受賞している)

 翻って「文化」とは何だろうか。

 私は、生物として生きていくには必須ではないが、人間として生きていくには欠かせないもの、それが「文化」だと思っている。

 コロナウィルスの感染拡大を抑え込むため、スポーツ、様々な舞台芸術、映画、旅行など、私たちが当たり前だと思っていた様々な活動が制限されている。しかも、活動の担い手を経済的に失うことによって、それらを一時的ではなく、永遠に失ってしまうおそれさえある。人間が、何十年、何百年も積み上げてきたものが、目に見えないウィルスのために、こんなに簡単に存在さえ脅かされてしまうことが、悔しくてならない。

 野球が日本に根付いて100年以上経つ。その道のりは決して平たんではなかった。野球は昔から何も変わっていないと思っている人が多いだろうが、戦前戦中の動き一つとっても、決して恵まれていたとは言えない。(当時国策で優遇されていたのは、むしろ相撲やラグビーだった)野球の素晴らしさを伝えていくために命懸けで努力した人があってこそ、今がある。野球が特別扱いされてきたのではなく、様々な人の努力の結果、その存在が認められて来たのである。

 日本人の野球を背負い続けてきた松井やイチローが、野球を通して私たちに伝えてくれた多くのメッセージは、いちスポーツの枠に留まる小さなものではない。

 それが野球でなければできないものだと言うつもりはない。しかし、人間が人間らしく生きるために必要なものを、野球を通して、また、私のように直接プレーしない人間にも与えてくれることは間違いない。野球だけを特別扱いするな、等と安易に言われたくない。野球は、「文化」なのだ。


2020年5月8日金曜日

一人の練習

 家トレが続く中で、不世出の大打者落合が、野球を始めたばかりの小学生に教えたい3つのこととして、共感できるアドバイスをしている。

【落合博満の視点vol.14】野球を始めたばかりの小学生に教えたい3つのこと
https://news.yahoo.co.jp/byline/yokoohirokazu/20200508-00177448/
スポーツジャーナリストの横尾弘一氏の記事です。

 親は小学生の時からエリートコースを目指し、一歩でも周りより先んじて、と思いがちのようだが、落合氏は、「小学生には技術的な指導を細かくせず、楽しく野球に取り組むことをまず経験させ、その楽しさの中で基礎体力をアップさせたほうがいい」と考えているという。

 大切なのは、①バランスのとれた食事で体の土台を作ること、②野球は一人でも練習できることを覚えること、③野球がチームスポーツであることを意識することの3つ。
 硬式野球に取り組む中学生にも、程度の差はあれどそのまま当てはまるのではないだろうか。

 チームプレーといっても、いろんな受け取り方があるが、野球は一つのボールに対し9人がそれぞれ役割を持って動くこと、というのがいちばんしっくりくる。しかし、その一方で、野球は広いグラウンドに人数がそろわないと練習できないというのは誤解だと落合氏は言う。

 「就寝前に布団に寝そべり、ゴムボールを天井に向かって投げる。右利きなら右手で投げたボールを左手で捕るという動作を繰り返すことが、何よりもボールをリリースする際の指先の感覚、正しいヒジの使い方といった要素を覚えることに役立った」と振り返る。同じようなことは、布村総監督や、かつて野球「少年」だった大人たちからもよく聞く。
 メジャーでオズの魔法使いと称えられたオジー・スミスも、少年のころボールを屋根に放り上げては、落ちてくるボールをキャッチする遊びに熱中してたという。

 とにかく、ボールと遊ぶ。頼まれなくても、子犬みたいに夢中で球拾いに走る。チーム練習の場だけでなく、日ごろからボールとどれだけ仲良くなれるかで、いざという時の球際にも強くなる。
 普通に練習できる時期だって、一夜にして技術がアップすることはない。だったら、今の状況を逆手にとって、一人ひとり思いのままボールと遊んでみては?再開した後、決して無駄にならないと思う。


2020年5月6日水曜日

関西大学野球部のインスタ

 5日に関東連盟、6日に東海連盟が、相次いで、5月31日まで加盟全チームの活動自粛を求める公式な指示を公表した。

 選手はつらいだろうが、腰を据えてやるしかない。長い野球人生だと思えば、今の足踏みは必ず取り返せるだろう。

 こういう時期でも、動画でトレーニングが受けられるのは、内容そのものより、モチベーションの維持に効果的だ。プロ野球選手や各種ジムなどが動画を公開しているが、中学生の選手にもわかりやすく、選択肢も豊富だと思ったのが、関西大学野球部がインスタで提供しているメニューだ。

 https://www.instagram.com/kaisers_baseball/

 学生野球のトップクラスの選手が、ポジション別、目的別にトレーニング方法を教えてくれる。若い学生が、自分の得意分野を短く具体的に教えてくれるので親しみやすいのではないだろうか。

 コロナ禍を乗り越えようとするこうした協力の輪が、日常を取り戻したとき、新たな力になっていることを期待したい。

 現実には、コロナ感染拡大によって、生活や健康が脅かされ、野球などの話どころではない人が大勢いる。今、野球のことを考えていられる幸運に感謝して、いつか私たちのチームも何か社会に恩返しをしたいと思う。

2020年5月5日火曜日

野球のお札

 ステイホームで家のかたづけに精を出していると、懐かしいものや面白いものに出会う。
 その中で、出張や旅行の時余ったいろんな国のお札が出てきた。アジアの国は結構お札のデザインが変わるので面白いとか思ってみていると、写真のような台湾の500円札を発見。表が少年野球の子どもたちが勝利に沸いている絵で、今まで気にしたことがなかったが、これは珍しいと思い調べてみた。



 絵に描かれているのは、1969年、日本や米国を破ってリトルリーグ世界一になり、国民的英雄になった少年野球チーム「金龍少棒隊」。しかも、このチームは、台湾の先住民アミ族の少年たちだった。アミ族は台湾の先住民中最大の人口を擁するが、著名人も多く輩出している。

 そして、「金龍少棒隊」のエースが、後に中日ドラゴンズのストッパーとして、星野監督の絶大な信頼を得て活躍した郭源治である。キャリアハイの1988年には、セリーグトップの37セーブ、防御率1.95の素晴らしい成績を残している。

 台湾へよく出張していたころは、王健民がシンカーを武器にヤンキースのエースとして君臨していて、街のあちこちに彼の等身大のパネルが飾られていたことを思い出した。

 ちなみに、500円札の裏側は、大覇尖山をバックにした鹿の群れ。



 アミ族は主に平野に住んでおり、大覇尖山は、タイガ族、サイシャ族の聖地だが、野球の成果を契機に、台湾の先住民全体の地位も上げようとしたのかもしれない。そうだとすれば、いい話ではないか。


コロナウィルスに関する偏見や差別について

 庭のつつじが今年も花をつけた。喧噪のない静かな休日にけなげに咲く今様色の花が一層美しく感じられる。

 ステイホーム週間、私は家にこもって花を眺めていれば済むが、この瞬間にも危険や偏見と向かい合っている医療従事者、輸送業者、ごみ処理業務者等の方々に思いをはせると、申し訳ない気持ちになる。

 ウィルスとのたたかいが長期戦になることで、感染症対策専門家会議が、「新しい生活様式」として、具体的指針を発表した。買い物は空いた時間に1人で電子マネーで行う、食事の時は間隔をあけて会話を控える、テレワークを進める、等々。意図はじゅうぶん理解できるが、果たしてどれだけの人が実現可能なのだろうか。
 気になるのは、これが「緊急事態」の指針ではなく、継続的な「新しい生活様式」として提案されていることだ。

 地球上に存在するウィルスの種類は膨大で、すべてのウィルスの質量を合計すると、私たちが目にする普通の生き物の質量を上回るとさえ言われている。そのほとんどは、生物の長い進化の過程でお互い折り合いをつけ、共存してきた。これからも、変異したインフルエンザの発生などは繰り返されるだろう。それらを地球から駆逐することはできないので、社会的免疫をつけ、共存していくしかない。

 スウェーデンは、ほかの欧州諸国とは異なり、できるだけ制限を設けず、社会的免疫をつくることで対応しようとしている。それを可能にしたのは、福祉国家として築き上げてきた、人間と人間間の信頼、政府と個人間の信頼、そして、福祉の土台の上で各個人が自分で判断する自律性である。最近は死亡率の増加(高齢者も多い国だ)によって政策の修正も迫られているが、学ぶところが多いように思う。

 日本人は、ハンセン病り患者や福島原発事故の被災者に対し、科学的根拠のない偏見や、病気や被災の苦しみ以上に深刻な差別を行うという過ちを経験している。

 安倍首相は、緊急事態延長の説明の中で、り患者や医療従事者への差別があってはならないと訴えた。まさに、国民全員ができることから理解協力すべき時期であり、今回のコロナ禍はその契機としなければならない。しかし、「新しい生活様式」は、丸腰で戦場を歩いているかのような不安を増長し、人々の分断を助長しはしないだろうか。

 コロナと最前線でたたかっている日本赤十字は、ウィルスより怖いのは、人々の心を侵す恐怖と差別であるとし、現在の状況でも、人間らしい生活をできるだけ保つよう呼びかけている。子どもでもわかる動画でキャンペーンしているので、是非見ていただきたいと思う。

2020年5月4日月曜日

特攻に散った投手石丸進一

 日本プロ野球の黎明期、名古屋軍で活躍した石丸進一という投手がいた。偶然私と同じ姓だが、「~丸」という姓でよくあるように、九州佐賀の出で、私の父と同じ故郷であることからも親近感を持った。

 8歳上の兄藤吉もプロ野球のスター選手で、その後を追ってプロ選手になった進一は投手として昭和17年に17勝、18年に20勝を挙げ、当時は天文学的金額だった家の借金を兄とともに完済した。戦前最後のノーヒッターでもあった。
 歴代プロ選手の中でも突出した野球バカで、実直堅物な絵に描いたような九州男児だった。捕手がミットを動かして際どい球をストライクに見せようとするのも嫌ったという。野球を続けていれば、戦後も日本を代表する大投手になったはずだが、戦争がそれを許さなかった。

 当時のプロ野球組織は、沢村を軍隊で消耗させた痛恨の反省を期に、徴兵免除を目的に所属選手のほとんどを大学に偽装入学させるなど懸命の努力を続けていたが、ミッドウェーでの大敗後益々ひっ迫する昭和18年、兵力不足を補うため、日本政府が高等教育機関に在籍する20歳以上の文系および一部理系の学生を在学途中でも徴兵し出征させる「学徒出陣」を始めるに及び、進一の将来は断たれた。

 軍隊教官がいかに鉄拳制裁で洗脳しようとしても、動員された若者の本心を変えることはできない。曲がったことの嫌いな進一の反発はなおさらだった。しかし、ごまかしの利かない彼は、徴兵後の適正検査も全力であたり、優秀な成績をおさめ、航空隊に配属される。この時期新規に航空隊に配属されることは、特攻と同義であった。非人間的であるのはもちろん、軍部が面子を保つため、あるいは敗色濃厚の不安と鬱憤を晴らすためだけに、若者と資材をいたずらに消耗する愚策中の愚策だった。
 昭和20年5月11日、進一は、法大出身の本田少尉を相手に10球のキャッチボールを行った後、鹿児島鹿屋基地から沖縄方面へ出撃し、帰らぬ人となった。享年22歳。日本がポツダム宣言を受け入れるわずか3か月前だった。

 コロナ禍で先が見えない中、戦前戦中の野球人に関する本を読むことが多くなった。戦後建立された鎮魂の碑には、沢村や石丸を含め、戦争で亡くなった70名以上のプロ野球選手の名が刻まれている。行方不明の選手もおり、実態はこれを上回るだろう。
 今は苦しくても、戦争で本人や家族の命が絶たれることはない。コロナの感染が収まった後の社会が、こうした悲劇を繰り返さない、平和で友愛に満ちた世界であることを願わずにはいられない。

2020年5月3日日曜日

早稲田対駒大苫小牧

 緊急事態の下、TV番組の製作も困難となり、再放送が増えているが、過去の名作やスポーツの名勝負が見られるので、それはそれで嬉しいものだ。

 先日も、星野阪神が赤星のサヨナラヒットで優勝を決めた試合が見られたし、今日は、2006年夏の甲子園、伝説となった早稲田対駒大苫小牧の決勝戦のダイジェストを見ることができた。

 2日間で24回を投げあうなどということは、今の時代考えにくいが、この試合には、球数やイニングの制限について考え直させられてしまう、そんな迫力がある。田中、斎藤ともに、高校生とは思えない肚の据わったピッチングだ。
 奇しくも最後の打席は斎藤と田中の対決で、なんと147kmを計測した斎藤の4球目を田中が空振りして早稲田の初優勝が決まった。それまでポーカーフェイスを保っていた両選手の表情が好対照だった。感情が押さえられず涙を溢れさせる斎藤に対し、敗れた田中の爽やかな表情が印象的。相手の力が上回ったことを潔く認めた田中の表情からは、敗北した悔しさより全力を出し切った清々しさが見て取れた。

 田中はプロへ進む決意を固め、名将野村の指導で成長し、日本でも米国でもご存じの通り次々偉業を成し遂げるが、そのスタートは、あの空振り三振の瞬間に切られていたのだと思う。

 たかが直径7cm余りの白球を追いかけるこのスポーツが、一人の人間自体やその人生を変える瞬間がある。それは疑いようのない事実だ。
 勝っても、負けても、子ども達にその瞬間を味合わせてやりたい。心から願う。

2020年5月2日土曜日

静かな青空を見て思う

 雲一つない青空。初夏を感じさせる心地よい風。皮肉にも絶好の練習日よりである。
 監督の提案で、今日の午前中は、指導者全員で室内練習場の整備と消毒を行った。練習を再開する日が来たら気持ちよく始められそうだ。

 久しぶりに顔を見た指導者の間で、現役選手やOBが、個人個人で工夫してトレーニングを続けていることを知り、気持ちが和んだ。

 先の見えない自粛生活で、人間がどんどん臆病になってきている。わからないことは分からないままにしておけばいいのに、周囲の顔色を窺って過剰な自己規制を行っている。そして、その不安や不満を、些細なことで他者を攻撃し正義感を装うことで埋め合わせしようとしているかに見える。
 人間は、近くの人、あるいは直接は一生会えないような人含めてすべて繋がって生かされている。それを実感できない異常な空気の中で、他人を貶すことでしか人と関われないなんて寂しすぎる。
 自主トレを続けている子どもたちの様子を聞いて、彼らは彼らなりに目標を見失わず、まっすぐ頑張っているんだな、と嬉しかった。

 先日NHKで平田オリザさんへのインタビューを見た。平田さんは、人間にとって生命が一番大事なのは当然だが、その次に大切なものは人によって違う、それを認め合う寛容さが今求められていると語っていた。心の風通しが良くなるような言葉だと思った。
 野球少年は野球をやっていない多数の人それぞれの大切なものへの思いやりを忘れずにいてほしいし、野球をやっていない人は、なぜ野球少年がここまでこのスポーツにこだわり続けるのかを理解してほしい。

 今年の大会はどうなるか予断を許さない。でも、結果がどうなろうと、夢に向かって努力したことで後悔することは何一つない。苦しいのはみんな同じ、いや自分よりもっともっと苦しい人たちがいる。最後まで夢をあきらめず、頑張れ、野球少年。