2026年11月6日金曜日

いわし雲

 俳句が好きだ。何より蕪村が好きだ。

 今の季節だと「月天心貧しき町を通りけり」「初秋や余所の灯見ゆる宵のほど」等が浮かぶ。たった十七音の中に空間的にも時間的にも奥行きがあり、生活への温かい共感がある。

 昼食のお供や夏の水分補給によくペットボトルのお茶を飲むが、ラベルに「新俳句」が紹介されている「おーいお茶」を買う時が多い。最近は大谷選手バージョンのものもあるが、これは選ばない。

 伊藤園の「新俳句」は資格もテーマも自由に募集しており、入選作には秀句も多い。「みちのくの言葉短き寒の市」「花ミモザやかんに生ける赴任先」「万緑のイーハトーブにノスリ舞ふ」等心に残った句をスマホで写真に残している。

 最近買ったお茶に、野球を題材にした広島の16歳の少年の句があった。印象に残る作品なので紹介したい。

「曲がり球強くスイング鰯雲」

 鰯(いわし)雲は秋の季語で、正式には「巻積雲」と呼ばれ、秋の高い空にできる。いわし雲が浮かぶのを見て秋を感じる人も多い。打席は秋で、つまり野球シーズンも終盤だ。フルスイングして大きく空が見えたなら、上を向いているのだろうから、外角のスライダーを空振りした瞬間だろうか。

 試合を決める大事な場面で、直球を予想し渾身の力で振りぬいたが無情にもバットが空を切り、三振に倒れたのかもしれない。その瞬間見えたいわし雲にどんな思いを託したのか。

 勝負に敗れたとはいえ精一杯たたかった清々しさか、あるいは寂しさか。しかし、いわし雲はいわし漁の大漁を予兆する雲でもある。作者は16歳だから、高校球児ならまだ先がある。来春の飛躍を予感して、新たな努力の決意をしたのかもしれない。18歳が詠んだ句なら句の味わいが少し違ってくる。

 いずれにしても、澄んだ空に細くなびいた雲に選手の後悔は感じられない。試合後、雲が夕焼けに染まる様子を、チームメートと改めて眺めただろう。その風景は、一緒に泥まみれになった日々と重なって、これから主人公を支えていくに違いない。

 嶺北の選手たちには年内にまだ3つも大会が残っている。その時見る空に何を感じるだろうか。一人ひとり、空の向こうに未来が見えるようなプレーを期待したい。