2026年10月28日水曜日

スポーツマンとは

  全日本軟式野球連盟が発行している、中学校部活動向の「軟式指導の手引き」という指針がある。私が持っているのは2020年度版だが、軟式硬式に関係なく、子ども達を指導したり、チームを作っていくうえで、見失ってなならない重要な示唆が多く、時々読み返しては反省することが多い。

 その中で、特に印象に残っているのが、スポーツマンという言葉の定義について書かれた8ページ目の文章だ。少し長いが引用してみる。


「POCKET OXFORD DICTIONARY 1969年版(英英辞典)には、『sportsman』の訳として『good fellow』と記されています。スポーツマンとは『良き仲間』だというわけです。スポーツマンシップがスポーツマンらしさであるとするならば、運動能力や身体に関わる要素以上に、人間の内面や精神に関わる意味合いが含まれている『good fellow=良き仲間』という訳のほうがしっくりくるのではないでしょうか。」


 スポーツマンたる資格は、運動能力よりも、「良き仲間」でいられるかどうかが第一だ、と言っているのだ。スポーツを通して人間性を高めるということに異論を唱える人はいないだろう。しかし、英語文化圏でスポーツマンがよき仲間と同義であると定義されている意味は重い。

 「軟式指導の手引き」では、上記引用文の後に、謙虚な勝者を英語で「Good Winner」と呼ぶのに対し、潔い敗者を「Good Looser」と呼ぶことも紹介している。全力を尽くした試合が終わった後、必ず一方が勝ち、もう一方が負けるが、どちらも「Good」であることは可能なのだ。

 これは決して当たり前ではない。例えば、古代オリンピックでは、1位以外はすべて敗者として扱われ、近代オリンピックのようにお互いの健闘を讃えあう、という発想は皆無だった。(そもそもが、ゼウスへの奉納を名目に貴族が奴隷を犠牲にして見栄を張りあうのが古代オリンピックの実態であったが…)

 「Good Looser」は、人間が何千年もかけて、平等と相互信頼を築く努力を続けてきた果実に他ならない。


 勝っても謙虚さを忘れず、敗者を思いやり、負けても下を向かず自分たちを上回った相手を讃える。

 それが当たり前のようにできるチームでありたいし、今1年生を見ていて、きっとできるようになると信じている。


 MLBには、日々の試合前後における誠実な取材対応や、ファンとの円滑なコミュニケーションに努めた選手・監督に、全米野球記者協会の支部などからグッド・ガイ賞を贈る伝統がある。日本人選手としては、過去にニューヨーク・メッツ時代の吉井理人投手(現楽天監督)、ニューヨーク・ヤンキース時代の松井秀喜選手(現巨人監督!)の2名が受賞している。文化の違う国で、チームメイトのみならず、メディアやファンに対しても「良き仲間」を作ろうと努力し、それが認められたことは、プレーでの活躍以上に、日本人として誇りに思うし、忘れてはならないことだと思う。